母は月に一度、日曜日に東京のお家元の所に、お箏のお稽古に行っておりました。
私の父は研究者でしたので、忙しい時は土日も実験室にこもり切り。家にはおりません。
ですので、子供の頃は母のお稽古に一緒に行ったことが何度かありました。
金銭的に厳しい家庭でしたので、行きは普通電車。
甲府からは3時間ほどかかるのです!
小学生だった私は電車の中で飽きないように、本やおもちゃをたくさん持っての上京でした。
(帰りは「特急あずさ」でしたよ。)
新宿駅に到着し、山手線に乗り換えて目白駅へ。駅に着いたらバスに乗ってお家元先生のご自宅へ。
今思い返してみるとなかなか道中は長いですが、子供の頃には全く疲れは感じませんでしたね。
山手線の中では、知らないおじちゃんにガムをいただいたり。(確かロッテの「梅ガム」でした!懐かしい。)
今では考えられないですけど(笑)
お家元と母のお稽古の間、私はそばで座って待っています。
お家元は目がお見えにならなかったので、いつも黒いサングラスをしておりました。
怖かったですね。
何時も怒っているようにみえて。
ですが、音色の素晴らしいことと言ったら!!
子供心にも初めてお家元のお箏の音色を聞いたときは息を呑むほどでした。
「お母さんの音と全然違う!」って(笑)
お家元は斎藤松声(しょうせい)先生とおっしゃって、名人でした。
数多く素晴らしい曲を作曲なさっていて、私は独奏曲「滝」が一番好きな曲でした。
滝が激しく流れ落ちる様子を表現している曲でして、大変難しく弾きごたえがあるのです。
私は17歳の時にお免状をいただいたのですが、その時にお免状試験を受けました。
お免状試験とは、お家元と一緒に合奏をすることです。
当日、部屋の隅に控えていた母は緊張しまくっておりましたが、私は楽しみでワクワクおりました♬
だって、あんなに音色の素晴らしいお家元先生と一緒に演奏できるなんて!
こんな機会は最初で最後じゃないですか!
弾いているときも楽しくて楽しくて!
緊張なんて全くしませんでしたね(笑)
本来は一度のみの演奏ですが、お家元が「もう一度」とおっしゃって2回弾かせていただきました。
ただ、2回目はとってもテンポが速くて。
着いていくのにもう必死で。
内心「この曲はこんなに早く弾く曲じゃないのに~」と思いながら💦
試されていたんですよね、きっと。
早いテンポに着いてこられるか。
合奏ですから、お互いに別のパートを弾くので呼吸を合わせなければなりません。
通常より遥かに早い速度において、間合いがしっかり合うかどうか。
今思うとお家元先生の遊び心ってやつだったのかな(笑)
あまりにも私が緊張してなくてヘラヘラとしてたものですから。
目はお見えにならなくても様子は感じられますものね。
「ちょっと焦らせてやれ」みたいな(笑)
確かに私にとっては予想外。
そんな早いテンポで練習して来ていなかったものですから、焦ること焦ること💦
指にも汗をかいて、箏爪が取れそうで…。
でも必死に最後まで弾き切りました。
終わって、お家元先生がひと言。
「さすが、毎日聞いているから違うね。」と。
えっ!
「毎日聞いている」?
えっ、どういうこと?
「毎日弾いている」の間違いでは??
耳が大切ってこと?
これは褒められているのかな…
音色がいいって言われているのかな…
母のお箏の音色が良いって、母を褒めているってことなのかな…
内心モヤモヤしたお免状試験でした(笑)
母のお箏の音色は私が言うのもなんですが、大変美しいのです。
歌声も素敵です。
お家元も母の腕前は認めていたようで、演奏会ではお家元のすぐ隣で弾かせていただくこともあったようです。
(お箏は主に合奏でして、お家元を先頭に基本的には古いお弟子さんから順番に座っていきます。母はその当時はまだ30代でしたからかなりの若手。)
母の良い音色を毎日聞いていたから、耳が鍛えられたのか。
それが私の演奏にも影響したのか。
でしたら母に感謝ですね。
生活のために数多くのお弟子さんを取っていたわけですが、そのお陰で常にお箏の音色に触れられていたわけですから。
正直なところ、お箏では一生かかっても母を超えることはできないと思っておりました。
あっ、『お箏で親を超えられないから琵琶を選んだ』というわけではございませんよ(笑)
でも今思い返してみると、
やはり違う分野で精進して、母をアッと言わせたいという気持ちが根底にあったのかなぁ…とは思います。
親ですが、私にとって母はライバル的な存在なのかもしれません。
きっと母もそう思っているはず(笑)
でも改めて思いました
『幼少期にお家元の素晴らしい音色に触れ、そして母のお箏を毎日聞いて過ごせたことは私の財産なのだなぁ』
と。
なんだか、久しぶりに母と合奏したくなりました。
きっと喧嘩するんだろうけど(笑)
補足:私と母は誕生日が同じなため性格が似すぎていて、
よく衝突するのです。。。