今回は撥についてのお話です。
私の弾く五弦五柱の琵琶は桑から作られるのですが、撥の素材はさまざまです。
主なものは桜や椿や黒檀、欅(けやき)、そして柘植(つげ)でしょうか。
私は最初、桜の撥を使っておりました。
桜はとても軽く、お稽古を始めたばかりの初心者にとっては扱いやすかったです。
その次は椿です。
椿は桜に比べると厚みがありましたが、若干小さめでしたので手になじみました。
しかしやはり憧れは柘植の撥。
鹿児島の指宿(いぶすき)産の本柘植が、撥としては最高級です。
そして琵琶を始めて10年目に「これからも精進するぞ!」との意気込みで、思い切って柘植の撥を石田琵琶さんで購入しました。
石田琵琶さんでは琵琶や琵琶関連の小物の購入はもちろんのこと、琵琶の修理やメンテナンスもしてくださいます。琵琶の糸もこちらで購入しています。
たしか季節は春でした。
琵琶のお稽古の帰りにお店に伺ったのですが、桜の花びらがはらはらと舞っていたのを覚えています。
「こんにちは。」とお店に入り、いきなり「柘植の撥を…」なんて恐れ多くて言えません。
まず琵琶の糸を購入しました。
そしてしばらく雑談(笑)
そのあと恐る恐る「あの…柘植の撥を見せていただきたいのですが…」と。
人間国宝でいらっしゃる琵琶職人の石田不識さんが笑いながら撥を出してくださいましたっけ。
箱の中には憧れの柘植の撥がいくつも!
厚さや大きさ、木目の様子などがひとつひとつ異なります。
実際に自分の手に持ち相性が良いものを選ぶのですが、どの撥もとても素晴らしく、迷いに迷いました。
そして選んだのは、あまり厚くない薄めの撥。
といってもさすがの重厚感!
そしてその木目の美しいこと!
もう嬉しくて嬉しくて、帰宅してもずっと眺めていました(笑)
琵琶の奏法には弦をはじくほかに、腹板をはたくこともありますので、柘植の撥の適度なしなり具合が丁度よいのです。
「八の字」や「トレモロ」といった演奏技法も大きめの撥ですと、よりダイナミックに弾くことが出来ます。
しかし、琵琶の演奏において大切なのは「語り」。
物語を語る上で欠かせないのはもちろん人の声ですが、琵琶の音色も重要。
様々な場面に合うように弾き分けなくてはなりません。
戦いの場面では勇ましく。
悲しい場面では泣き、恋しい場面では切なく。
音質を決めるのはやはり撥。
撥の材質はもちろんですが、扱い方がとても重要となってきます。
柘植の撥は重みがあるので、撥をストンと弦に落とすだけで良い音色が出るのです。
手首はしなやかに、余計な力は入れずに…。
美しい音色が出るとやはり嬉しいです。
ですが、単に音色の良さだけではなく、さらに「悲しみ」や「切なさ」などの表現力を持たせるとなると…。
なかなか難しいですね。
『人の声のように琵琶にもかたらせたい、そんな深みのある音色を奏でたい』
何十年かかるかわかりません。
もしかしたら一生かかっても果たせないかもしれません。
ですがそれがわたしの生涯をかけた目標。
わたしの目指す「琵琶語り」です。
そんな思いで今日も琵琶に向き合っています。
この美しい柘植の撥と共に…。
とても幸せです!